statement

 

  2011.3.11を境に

生命の維持に直接必要ではないアートを生業としている自分に出来ることは何か。を考えながらの制作を始めました。

それまで遠い存在だった父の故郷「福島」に行き、初めて三春の滝桜と向かい合い写生をしていた時に、避難されていた方からかけられた「帰る処があるのはいいねぇ」との言葉を忘れられず

福島の桜を福島の素材に描きたい。と思っていた折に

福島県川俣町で生産されている「川俣シルク」を知り入手、草木染をし、福島で写生した桜を描いた作品をロールスクリーン形式で会場展示した時、

有る方に「インスタレーションとして発展するのを楽しみにしています」

という言葉で、インスタレーションという展示形式を意識するようになりました。

 

 平面絵画にとって「額装」は作品保護や展示の上でも大切な要素ですが、その素材の重みゆえに災害時には壁から落ちてきた場合、「凶器」となる可能性もないとはいえず、ロールスクリーンのような展示形式は、災害に遭った土地にも持っていけるように。という思いから採用、同時に日本画の敷居を低く、親しまれる存在にしたい、非常時には暖をとり、身体の保護になるようなものを作りたい。との想いで、日本画素材の一つでもある「絹」を草木染した後、様々な植物や小動物、昆虫たちを描いて、ショールとして、タペストリーなどとしても使えるように制作した「花野音(はなノート)」です。

中学生の時に出会った大岡信氏の文章「言葉と力」で、染色作家の志村ふくみ氏が開花直前の桜の枝から煮出した染液で桜色を染めるということを知り、草木染めと日本画を同時に出来ないか。と制作の中に取り入れてきました。天然染料と岩絵具の併用は、平安時代の「源氏物語絵巻」には既に確認されている技法で、そのことを知ったのは美大に入ってからで、志村氏に作品を見ていただいた時の「草木の命を戴くのだから、作品にそれが表れていなければいけない。」との言葉を課題に、「戴いた命を生かしているのだろうか?」と答いながら制作しています。

古来より工芸、絵画の境界線はなく、ひたすらに「美しいもの」を夢みて作り、描いていたのではないか。と想像します。「アート」の役割は何かを考えた時「自分以外のだれかを幸せにすること」なのではないか、「描く」という行為がまだ見ぬ「だれか」を幸せに出来るように、生き残った者の義務と使命感を抱えつつ、努力を続けていきたいと思います。